仮面城(日文版)-第1章
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角川e文庫
仮面城
横溝正史
目 次
仮面城
悪魔の画像
ビ圣工涡
怪盗どくろ指紋
仮面城
たずねびと
世のなかには十年に一度か百年に一度、人間の思いもおよばぬぶきみな事件が起こることがある。しかし、そういう恐ろしい事件でも、はじめはなんのかかわりもない、ふつうのできごとのように見えることが多いものだ。
なにも知らずにそのなかにまきこまれたひとびとは、途中で事件の恐ろしさに気がついて、身ぶるいをして逃げだそうとするが、そのときにはもう、金しばりにあったように、身動きもできなくなってしまう。
|竹《たけ》|田《だ》|文《ふみ》|彦《ひこ》のばあいがちょうどそれだった。あのとき文彦がテレビのチャンネルをまわしさえしなかったら、あの老人をたずねていなかったら、さてはまた、あの金の箱をうけとらなかったら、これからお話するような、かずかずの恐ろしい事件のなかに、まきこまれるようなことはなかったかもしれない。
文彦はことし十二歳、枺─紊饯问证摔ⅳ搿ⅲ▓@小学校《はなぞのしょうがっこう》の六年生。おとうさんは丸の内に事務所を持っている貿易会社の会社員で、おかあさんはもと、オペラなどにも出た有名な歌手だったが、いまは舞台も音楽もやめて、ただ文彦の成長を楽しみに、貧しいながらも一家むつまじく暮らしているのだ。
十年まえ、中国からひきあげてくるまでは、文彦の一家も、|香《ホン》|港《コン》ではなやかな暮らしをしていて、自動車の三台も持っていたくらいだが、いまはもうその|面《おも》|影《かげ》もなく、四十歳をすぎたおとうさんが、友だちの経営している会社へ、毎日べんとうさげてかよっているありさまである。
しかし、おとうさんもおかあさんも、そのことについて、不平をいったことは一度もなく、文彦もじぶんを不しあわせだなと思ったことはない。ところが春休みのとある一日から、思いがけない呙ⅳ长韦ⅳ嗓堡胜ぁ⒛郡违辚辘趣筏可倌辘韦Δà摔饯い盲皮郡韦坤盲俊
その朝、おとうさんは会社の用で、大阪のほうへでかけていたし、おかあさんはかぜをひいて寝ていた。しかし、べつに心配するほどのことはないので、文彦はいつものとおり、勉強をすませると、ふと、テレビのスイッチをひねったが、チャンネルをまわしたとたん、耳にとびこんできたのは、司会者のつぎのようなことばだった。
[#ここから2字下げ]
……香港の0街三十六番地に住んでいられた、竹田文彦さんのことをご存じのかたは世田谷区|成城町《せいじょうまち》一〇一七番地、|大《おお》|野《の》|健《けん》|蔵《ぞう》さんまでお知らせください。
[#ここで字下げ終わり]
朝のニュ梗伐绌‘でやっているたずねびとのコ施‘だったのである。
文彦はびっくりしてしまった。香港0街三十六番地に住んでいた竹田文彦とは、じぶんのことではないか。
隣のへやに寝ていたおかあさんも、びっくりして起きてきたが、そのテレビが、またしてもおなじことをくりかえした。
おかあさんと文彦は、だまって顔を見合わせていたが、やがて文彦があえぐような声でいった。
「おかあさん、ぼ、ぼくのことですね」
おかあさんはだまってうなずいた。なんとなく不安そうな顔色である。
「でも、大野健蔵ってだれなの。どうしてぼくをさがしているの?」
「おかあさんにもわかりません。いままで一度もきいたことがない名まえです」
「おとうさんのお知り合いでしょうか」
「いいえ、おとうさんのお知り合いなら、みんなおかあさんが知っています。いままで一度もおとうさんから、そんなお名まえをうかがったことはありませんよ」
文彦とおかあさんは、そこでまただまって顔を見合わせてしまった。前にもいったように、文彦のおかあさんというひとは、舞台に立っていたことがあるだけに、年より若く見え、いまはかぜをひいて多少やつれてはいるものの、たいへんきれいなひとだった。
そのきれいなおかあさんが、なにか気にかかることがあるらしく、心配そうにわなわなと、くちびるをふるわせているのが、文彦にはなんとなくみょうに思われてならなかった。
「おかあさん、ぼく、いってきましょうか」
「いくってどこへ……?」
「大野健蔵さんというひとのところへ……」
「そ、そんなあぶないこと……相手がどんなひとだかわかりもしないのに……」
「だって、テレビを見ていながら、だまっているのは悪いでしょう。ぼく、いってきます。だいじょうぶですよ。むこうへいってみて、なにかいやなことがありそうだったら、なかへはいらずに帰ってきます。それならいいでしょう」
文彦はもうすっかり決心をしていた。
少年はだれしも冒険心や、まだ見ぬ世界にあこがれる強い好奇心を持っているものだが、文彦もやっぱりそのとおりだった。
だからその日、文彦はテレビのたずねびとを知ると、やもたてもたまらなくなり、心配してひきとめるおかあさんを、いろいろとなだめて、とうとう成城の大野健蔵というひとをたずねていくことになった。
成城には友だちがいるので、まえに二、三度撸Г婴摔郡长趣ⅳ搿¥饯欷思窑虺訾毪蓼à恕⒌貒恧蛘{べてきたので、一〇一七番地というあたりも、だいたい見当がついていた。
小田急の成城駅で電車をおりて、駅の北側出口から外へ出ると、そこにはいかにも学校町らしい、おちついた桜並木の、|舗《ほ》|装《そう》|道《どう》|路《ろ》がつづいていた。桜並木のサクラはいまそろそろひらきかけているところだった。その道を十分くらい步いていくと、きゅうに家がとだえて、その先は、さびしい|武蔵《む さ し》|野《の》の景色がひろがっている。畑にはムギがあおみ、空にはヒバリがさえずっていた。そして、あちこちに点々として見えるのは、|雑《ぞう》|木《き》林にとりかこまれたワラぶきの家。
文彦はきゅうに心細くなってきた。じぶんがこれからたずねていこうという家は、こんなさびしいところにあるのだろうか……。
まえに二、三度、成城へ撸Г婴摔郡长趣韦ⅳ胛难澶稀⒊沙扦趣いà猩掀筏省⒏呒壸≌证坤趣肖晁激盲皮い俊¥饯筏啤ⅳ饯长俗·螭扦い氪笠敖∈iというひとの家も、そういう邸宅の一つだろうとばかり思いこんでいたのである。
ところが、そういう住宅街には一〇〇〇台の番地の家はなく、一〇一七番地といえば、どうしてもこのさびしい、ムギ畑と雑木林の奥にあることになるのだ。
文彦はポケットから、もう一度地図をだして眨伽皮撙郡ⅳ浃盲绚辘饯Δ坤盲俊4笠敖∈iというひとの住んでいる一〇一七番地は、どうしてもこのさびしい、武蔵野の奥にあることになるのである。
文彦は勇気のある少年だったが、さすがにちょっとためらわずにはいられなかった。よっぽどそこからひきかえそうかと思ったが、そのときだった。だしぬけにうしろから、
「坊っちゃん、坊っちゃん、ちょっとおたずねいたしますが……」
と、しゃがれた声をかけた者がある。
文彦はなにげなく、そのほうをふりかえったが、そのとたん、冷たい水でもぶっかけられたように気味の悪さを感じたのだった。
そのひとはおばあさんだった。しかし、ふつうのおばあさんではなく、なんともいいようのないほど、気味の悪いおばあさんなのである。きみたちもきっと西洋のおとぎばなしのさし剑恰⒁獾丐螑櫎つХㄊ工い韦肖ⅳ丹螭谓}を見たことがあるだろう。
いま、文彦に声をかけたおばあさんというのが、そういう剑摔饯盲辘胜韦坤盲俊¥饯恧饯恁单椁鈫Dこうというのに、Lいマントを着て、頭からスッポリと、三角形の|頭《ず》|巾《きん》をかぶっている。そして、その頭巾の下からはみだしている、もじゃもじゃとした銀色の髪、ギョロリとした意地の悪そうな目、ワシのくちばしのような曲がった鼻、腰が弓のように曲がり、こぶだらけの長いつえをついているところまで、魔法使いのおばあさんにそっくりなのだ。
文彦はあまりのことに、しばらくはことばがでなかった。するとおばあさんは意地悪そうな目で、ジロジロと文彦を見ながら、
「これ、坊っちゃん、おまえはつんぼかな。わしのいうことが聞こえぬかな。おまえにちょっと、たずねたいことがあるというのに……」
「は、はい。おばあさん。ぼ、ぼくになにかご用ですか?」
文彦はやっと声がでた。それから急いでハンカチをだしてひたいの汗をふいた。
「おお、おまえにたずねているのじゃよ。このへんに大野健蔵という男が住んでいるはずじゃが、おまえ知らんかな?」
大野健蔵――と、声をだしかけて、文彦は思わずつばきをのみこんだ。どういうわけか文彦は、そのとき正直に、〈大野健蔵さんなら、ぼくもいまさがしているところです〉とはいえなかったのである。
文彦がだまっていると、おばあさんはかんしゃくを起こしたように、トントンとこぶこぶだらけのつえで地面をたたきながら、
「これ、なんとかいわぬか。大野健蔵――知っているのかおらんのか」
「ぼ、ぼく、知りません。おばあさん、ぼくこのへんの子じゃないんですもの」
文彦はとうとううそをついてしまった。もっとも文彦も、まだ大野健蔵というひとの家を知らないのだから、まんざらうそともいえないのだが、するとおばあさんは、こわい目でジロリと文彦をにらみながら、
「なんじゃ。それじゃ、なんでそのことを早くいわんのじゃ。ちょっ、つまらんことでひまをつぶした」
魔法使いのようなおばあさんは、そこでクルリと背をむけると、コトコトとつえをつきながら、ムギ畑のあいだの道をむこうの雑木林のほうへ步いていった。
文